伯樂雑記

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選択的夫婦別姓について

元の記事は移動しました。 https://usokusai.hatenadiary.com/entry/2021/12/31/182932

 

 男女平等の観点から選択的夫婦別姓についての賛同意見がある。その見解"には"私は与しない。夫婦同姓に関する男女の差の解消に必要なのは「名字を男性側にあわせなければならない」という風潮の是正である。

  私が選択的夫婦別姓に賛成する理由の一つは、「どちらも名字を変えたくない」という、双方の「個人の意志」が結婚において尊重のためである。

 私が賛同する理由はもう一つある。それは「明治以前の日本の名前のありようを"現代に可能な形で"復活させるため」である。

 元々日本において名前は流動的であった。日本における「名前」が苗字・姓・氏・諱などで構成されており、名字と名前のみになったのは明治以降である。

 一応のこと(これは選択的夫婦別姓に賛同する人への忠告でもあるが)「"北条"政子」や「"日野"富子」を別姓の例として挙げるのは不適切である。それらの名称は後世に便宜的につけられた名称である。

 ただ一方で、「女性には名字(姓)がなかった」というのは誤りである。明治以前に、姓を持った女性は存在する。

 一人に県犬養橘三千代である。彼女は元明天皇大嘗祭の後に橘宿禰の姓を与えられている。その姓は子息の諸兄・佐為兄弟が受け継いだ(佐藤信 編 『古代史講義』氏族篇)。

 二人目に、藤原良房の妻、源潔姫である。潔姫は嵯峨天皇の皇女であり、源姓を与えられ臣籍降下した人物である(倉本一宏『藤原氏』)。

 自由で流動的な名前、日本的な伝統と言えるのではないだろうか。

 もっとも、ヨーロッパを模倣して夫婦同姓を導入したのだから、ハプスブルク=ロートリンゲンのような婚姻した両家の名字を合わせる複合姓の導入、および明治以前の出家者のように名字を名乗らないことにも私は賛成する。