伯樂雑記

政治やルールなどへの考えやぼやきを書きつけるブログです。

まあ、落ち着きなさい。~役柄と人種の問題に寄せて~

※この記事には、論じる内容の都合上、一部『ゴールデンカムイ』のネタバレを含みます。

少し前の話になる。Netflixクレオパトラ7世に関するドキュメンタリーが配信された。『アフリカン・クイーンズ:クレオパトラ』である。

 さて、この作品が批判された理由に、クレオパトラ7世の役に黒人女優が起用されたことである。このことに関して、主にエジプトとギリシアから批判が多く噴出したようである。

https://www.bbc.com/japanese/65382432.amp

クレオパトラ7世の祖先は、アレクサンドロス3世(大王)の部下プトレマイオスである。彼はマケドニア産まれであり、広義の「ギリシア人」である。

エジプトの王家となって以降、プトレマイオスの子孫は近親相姦を繰り返した。もちろんエジプトの現地人の遺伝子が入った可能性は十分にあるが、主にギリシア系と言えよう。

 

(コメディ調であるが、クレオパトラに至るまでの血統を紹介している動画があるので、貼っておく)

https://youtu.be/2gb5h0chYWo

 

ちなみに、クレオパトラ7世の妹アルシノエだとされる人骨は、母親は黒人の血を引くようである。

https://www.afpbb.com/articles/amp/2582883

ただ、クレオパトラ7世とは異母姉妹である可能性もあるだろう。(Wikipediaにおいては、母親は父親と同じプトレマイオス王家の人間である説が出典付きで示されている。興味のある人は出典を辿ってもよいだろう。)

私は、どのようなルーツを持つ人であっても、どのような歴史上の人物を演じることは自由であると考えている。ただ、キャスティングを理由とした「リアリティのなさ」という批判が起こることも想定すべきである。

『鎌倉殿の13人』では、非アジア圏のルーツを持つ人が、日本の鎌倉時代を生きた人物の役をしていた。以下に私が知る限りで示す。

実衣役:宮澤エマ氏(父親がアメリカ人)

りく役:宮沢りえ氏(父親がオランダ人)

以仁王役:木村昴氏(父親がドイツ人)

藤原兼子(卿二位)役:シルビア・グラブ氏(父親がスイス人)

管見の限りにおいては、『鎌倉殿の13人』がキャストのルーツを理由として批判されることはほとんどなかったように思える。

テルマエ・ロマエ』の実写化は、ローマ人の役を、阿部寛氏を含めた多くの日本人が行った、しかし、そこまでキャスティングに批判もなかったように思われる。(もちろんローマ人の定義は人種に直結するものではない。)このことからも、やはり批判の原因は「違和感」なのではないだろうか。例えばの話、歴史上の時代を扱った作品の織田信長役が、外見上アジア人の特徴を全く持たなかったら違和感があるだろう(何でもありファンタジーなら話は別である。)

最後に、『リトル・マーメイド』の実写について私見を述べる。この作品も、アリエル役に黒人がキャスティングされたことについて物議を醸した。

アリエル役に黒人をキャスティングしたことへの違和感の表明について、その批判が人種差別的思考に基づくといった言説もあった。

アリエルは人魚である。従ってホモ・サピエンスの中の「白人(コーカソイドの一部)」という区分を当てはめるのは無理であろう。

しかしアニメーションの中のアリエルというキャラクターの皮膚は、白みがかったものである。アニメーションの世界の実写化として、白い肌の人物がキャスティングされてほしいという願望は、十分に頷けるものである。何も、黒人そのものへの嫌悪感の表明ではない。(もちろん、そのような人もいるかもしれないが)

ちなみに、『リトル・マーメイド』はハンス・アンデルセンの『人魚姫』を元に制作されたのだから、『リトル・マーメイド』におけるアリエルの白い肌にこだわるのはおかしいという意見も私は見た。

しかし、今回実写化されたのは、アンデルセン原作の『人魚姫』ではなく、ウォルト・ディズニー社が制作した『リトル・マーメイド』である。この実写化作品そのものの原作は『リトル・マーメイド』である。

要は、違和感があるか否か、それだけではないだろうか。誰がどのような役にキャスティングされようが、私は自由だと言おう。しかし、違和感の表明もまた自由である。ましてや、素朴な違和感の表明を人種差別と結びつけるのは、作品そのものの批評を封じ込める卑怯な手段である。

作品への否定的評価をさせないために、作品の完成度の追求よりも優先して、適任な人を排除してまで特定の属性を持つ人を採用する風潮は形成されるべきではない。

私にはもう一つ懸念がある。キャスティングが、演じるキャラクターのルーツにより固定されることである。

以前、『ゴールデンカムイ』の実写化が決定した際のことである。少しばかりアシㇼパ役はどうするのかという話題が上がった。

一部には、アシㇼパ等のアイヌの役はアイヌがするべきだという意見もあった。

だが待ってほしい、アシㇼパの父ウイルクは、父親がポーランド人で母親が樺太アイヌである。彼自身は帝政ロシアに対して独立国家樹立のための反政権活動を行っており、アシㇼパの育て方にもそれが影響している。決して「アイヌのルーツ」だけでアシㇼパのアイデンティティは説明できるものではない。キロランケにしても、彼は「アイヌの血を引くタタール人」と言ったほうがいいかもしれない。

さて、アシㇼパに関して設定に忠実なキャスティングにするとなると、「ポーランドとのクォーターであるアイヌ」となろう。そのような人がどれだけいるだろう。そのような人しか受け付けないのであれば、明らかに表現の幅は狭まる。

これからの時代、表現の自由は護持されるであろうか、不安の募る毎日である。

読書案内

クレオパトラのルーツに関しては、

本村凌二・中村るい『古代地中海世界の歴史』(ちくま学芸文庫) がわかりやすいだろう。

このようなものもある。

https://www.arabnews.jp/article/middle-east/article_89919/